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No.28 心身の健康に音楽を活用

No.28 心身の健康に音楽を活用

 疲れたときに聴く音楽、やる気を出したいときに選ぶ曲……。私たちは音楽が気分や感情に影響することを、経験的に知っている。そのような音楽の効果を、医療の一部として活用しているのが「音楽療法」だ。杏林大学医学部・精神神経科准教授の中島亨氏は、「リハビリなどの現場では、通常、不可能と思われることを、音楽が可能にした事例がいくつもある。科学的な裏づけはまだ弱いが、音楽にはそれなりの力があるのではないか」と語る。

音楽の持つ3つの作用

 音楽を聴いたり、歌を歌ったり、楽器を演奏したりすることで、心身の健康の回復や向上を図る「音楽療法」は、米国を中心に発展し、日本へは戦後に伝わった。音楽療法を行うのは、「音楽療法士」の資格を持つ専門家。現在では主に代替医療として、高齢者やハンディキャップを持つ人などを対象に、一部の医療機関や福祉施設で取り入れられている。
 音楽療法では、音楽には大きく三つの作用があると考えられている。一つは、音楽が直接、体にもたらす生理的な作用で、楽器療法によって免疫に関与するNK細胞が活性化することなどが知られている。
 二つ目は音楽の心理的作用。ストレス解消やリラクゼーションなど、私たちが一般的に音楽に期待する作用である。聴く音楽によって、感情や気分が左右されることは、日常的によく経験するところだが、音楽は多様で複雑な刺激であるため、科学的な検証はあまり進んでいないのが実情だ。

心身の健康に音楽を活用
音楽が午睡(昼寝)時の睡眠潜時に及ぼす影響

 中島氏が行った研究では、健康な20代~30代の女性9名に、実験用に制作した、ある単純な音楽を聴きながら、昼寝をしてもらったところ、音楽を聴かなかった場合に比べて、睡眠開始までの時間が明らかに短縮された(図1)。「睡眠検査室という、ふだんと違う環境で眠ってもらうので、実験開始前は『眠れそうにない』と言う被験者がほとんど。しかし実際には、音楽を用いることで、余計なことを考えず、意識が音楽に集中する状態ができ、さらにこの実験で使った音楽に、眠りを促す効果があったため、このような結果につながったのではないか」(中島氏)。
 人間は同じ言葉をくり返し聞くと、一種の催眠に近い状態になり、無意識のうちに、その言葉に影響された行動をとりやすくなる。「音楽にもこれと類似して、聴き手の意識を引きつけ、その心理に何らかの影響をもたらす作用があるのかもしれない」と中島氏は推察している。
 第三の作用として挙げられるのは、音楽の社会的作用である。音楽療法ではグループで歌を歌ったり、楽器の演奏をすることがしばしば行われる。例えば合唱や合奏といった集団での活動は、コミュニケーション能力を鍛える場として機能するほか、発表会などを通じて、人から肯定的な評価を受けることが、意欲や自信を持つきっかけになることも多い。能動的に音楽と関わるこのような音楽療法は、鑑賞を中心とする受動的な音楽療法より重要とされる。

自分だけの音楽の処方箋を作る。カラオケも効果的

 音楽療法は専門家が行う医療行為。だが、そのエッセンスを日常生活に取り入れることは可能だろう。中島氏に、ふだんの生活で音楽をうまく活用するコツを聞いた。
 基本は、ジャンルは問わず、自分の好きな音楽を聴くこと。中島氏によると、「何度も聞き込んでいけば、その人の好みや音楽歴に関係なく、聴き手にある一定の影響をもたらす作用が、音楽にはある。しかし通常の生活では、好きでもない曲を無理して聴くのは非現実的。好みの音楽の中から、自分の感覚を頼りに、『この曲を聴くと、こういう気分になる』というのを覚えておいて、TPOに合わせて活用するのが賢明」。
 適当な曲が見つからないときは、ヒーリング、集中力アップ、睡眠導入、ストレス解消など、目的・効果別に編集された実用CDも頼りになる。すべての人に効果があるわけではないが、“多くの人がそう感じる”曲が収録されているので、求めていた一曲に出会える可能性は高い。またクラシックなどと比べて、ポップスなど歌詞のある曲は、言葉によるメッセージが加わる分だけ、影響力が大きいことも覚えておきたい。
 目覚めの曲、仕事のやる気を起こさせる曲、緊張を和らげる曲、帰宅してほっとしたいときの曲、就寝前に聴く曲など、オリジナルの音楽の処方箋を作って、シーン別に活用すれば、気分や環境をセルフコントロールすることも可能だ。
 以上は「聴く」音楽の話だが、ただ聴くだけより、歌ったり、楽器を演奏するなど、能動的に音楽とつきあうと、さらに高い効果が期待できる。声を出したり、指先を使う行為が脳を刺激するだけでなく、練習を積んで、人前で発表するという経験ができれば、達成感も得られる。達成感は、「報酬系」と呼ばれる脳の一部を刺激し、心地よさや意欲を生みだす、神経物質ドーパミンの分泌を促す。前で述べたように、音楽療法の事例でも多くの成果が報告されている手法だ。
 「楽器は縁遠い」という人は、身近なところでカラオケも良いそうだ。歌う行為そのものがストレス発散にもなるが、難曲をこっそり練習して、飲み会を晴れの舞台に、披露してみるというのはどうだろうか。