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No.17 50~60歳代に多い軽度認知障害(MCI)

No.17 50~60歳代に多い軽度認知障害(MCI)

 脳の神経細胞がじわじわと死滅し、脳が萎縮するアルツハイマー病。認知症を引き起こす主な原因となっているこの病気には、現在までのところ、進行すると有効な治療法がない。根治療法の確立が待たれる中、関心が集まっているのが、認知症ではないが物忘れがある「軽度認知障害(MCI:mild cognitive impairment)」だ。この段階で早期に診断をつけ、適切な予防や治療を行うことが重要、との認識が広がってきている。

物忘れが気になりはじめたら、MCIの可能性

 認知症は「記憶障害や判断力の低下など、認知機能の障害が進行して、自立した生活が困難になり、見守りや介助が必要な状態」と定義される。ポイントとなるのは「自立した生活が困難であること」で、簡単に言えば、物忘れがあっても自立した生活が可能であれば認知症とは診断されない。
 これに対しMCIは、ごく初期の認知症を見つけるために、1995年にアメリカで提唱された概念。認知症まではいかないが、本人から物忘れの訴えがあり、実際に何らかの記憶障害が存在する状態を言う。物事を「認識する」「理解する」「判断する」などの認知機能は保たれ、車の運転やお金の計算など、日常生活を送る上では、特に目立った支障はない。つまり正常と認知症の中間に存在するグループで、年齢では50歳~60歳代に多い。
 年をとると多くの人が、以前と比べて忘れっぽくなったと感じるようになるが、大事な約束を忘れたとか、通帳をどこにしまったか思い出せないなどのエピソードが何回かあると、加齢に伴う物忘れもMCIに含まれる。しかしMCIが「正常と認知症の中間」と言われるのは、年に12%~15%の割合で、MCIから認知症の原因となるアルツハイマー病に移行することが分かっているからだ。
 MCI の人のグループと正常な人のグループを、4年(48カ月)に渡って追跡した研究では、MCI群では4年の間に半数近くがアルツハイマー病を発症したのに対し、正常群での発症は年に1%~2%、4年で数% という結果が報告されている(図1)。
 秋田県立脳血管研究センターの長田乾氏(神経内科学研究部部長)は「現時点ではMCIとアルツハイマー病のごく初期症状としての物忘れは、明確な区別がつきにくい。しかし実際にはMCIのおよそ6割は、アルツハイマー病に特有の脳の病理所見を有することから、MCIの中には将来アルツハイマー病になる可能性の高い人たちが多く含まれている」と話す。
 アルツハイマー病は、βアミロイドという特定のタンパク質が脳に沈着し、神経細胞が死んでいく病気だが、病気として発症する何年も前から、脳内での病的変化は静かに進行している。図1に示した研究結果は、MCI群のうち、アルツハイマー病の"種"をすでに持っていた人が、年々、発症していった結果と考えられる。

MCIの12%は毎年アルツハイマー病に移行する

MCI段階からの早期治療が重要

 MCIはアルツハイマー病治療の最重要のターゲットとして注目されている。MCIの段階で、その中からアルツハイマー病予備軍を見つけだし、早期治療を行おうというのだ。
 現在、日本で唯一アルツハイマー病の治療薬として承認されている薬に、「アリセプト(塩酸ドネペジル)」がある。アルツハイマー病では神経伝達物質のひとつである、アセチルコリンの働きが低下すると言われているが、アリセプトはこのアセチルコリンを活性化し、一定期間、症状の進行を遅らせる効果がある。またアルツハイマー病の病態そのものに作用して、病気を治す新薬の開発も進行中だ。MCIで、将来アルツハイマー病の発症が予測される人々に、早い段階でこれらの薬物療法を開始すれば、薬の効果が最大限に発揮され、アルツハイマー病の克服が可能なのではないかと期待されているのである。
 MCIの中から、どのようにしてアルツハイマー病予備軍を特定するか。MMSE(Mini-Mental State Examination)などの心理テストで、記憶力が他の能力に比べて極端に低い健忘型のMCIの人は、アルツハイマー病の最初期である可能性が高いとされるが、このほかにもアルツハイマー病予備軍を、MCIの段階で特定する方法が、盛んに研究されている。

MCIに対する食品成分の効果研究も

 MCIや初期のアルツハイマー病については、食品成分の効果も期待されている。一定の効果が確認されている成分としては、まずイチョウ葉エキスが挙げられる。イチョウ葉エキスは、日本では主にサプリメントとして売られているが、海外では認知症の治療薬として使われている国も多い。
 ほかに、魚に多く含まれる不飽和脂肪酸のDHA(ドコサヘキサエン酸)、EPA(エイコサペンタエン酸)の研究もある。図2はごく初期のアルツハイマー病の人(MMSEのスコアが27点より高かった人)が、1日あたりDHA1.7gと、EPA0.6gを12ヵ月間摂取したときのMMSEのスコアだが、対照群(前半6ヵ月は1日あたり0.6gのリノール酸を、後半6ヵ月はDHA1.7g、EPA0.6gを摂取)と比べて、MMSE のスコアの低下、つまりアルツハイマー病の進行が抑制されていることがわかる。また同じ研究で、もともとアルツハイマー病がある程度進行していた人では、DHA、EPAの効果は確認されなかった。
 これを受けて長田氏は、肉や卵に豊富な不飽和脂肪酸アラキドン酸(ARA)※1などの必須脂肪酸の、MCI及び初期アルツハイマー病に対する効果を調べている。DHAやアラキドン酸といった必須脂肪酸は、脳の神経細胞の細胞膜を作っている成分。

初期のアルツハイマー病の人(MMSE>27)に対するDHA、EPAの効果

 イチョウ葉エキスとは異なるメカニズムで脳に作用していると思われる。健常者とMCIの人、アルツハイマー病がすでに発症した人とで、脳内の不飽和脂肪酸量がどのように異なるか、またアラキドン酸を摂取した場合、MCIの症状にどんないい効果があるか、長田氏らの研究成果が待たれる。

まずは医療機関の受診を。予防にはサプリや生活改善も有効

 記憶力や集中力の衰えが気になりはじめたら、まずは物忘れ外来、あるいは神経内科や精神科を受診し、MCIかどうか早めに診断してもらうことが大切だ。その上でふだんの食事や生活習慣にも気を配りたい。「不活発な生活はアルツハイマー病の危険因子。例えば女性なら、家事全般を嫁や娘に任せたとたん、病状が一気に進行したりする。家庭内での役割や、社会との接点をなくさないように、周囲が配慮してあげることも必要」と長田氏。
 このほか、食事を補う形で、サプリメントを活用するのもひとつの方法だ。先に述べたイチョウ葉エキスやDHA、アラキドン酸は、いずれも加齢による脳機能の低下を改善する効果がある。サプリメントの摂取がきっかけとなって、脳の健康に意識的になることも、認知症の予防にはいいそうだ。

※1 アラキドン酸(ARA)
細胞膜を構成する主要な不飽和脂肪酸。体の組織のいたるところに存在するが、特に記憶との関係が深い海馬を中心に脳に多く含まれ、そのため脳の機能そのものに大きく関わっていると言われている。食品では肉や卵、魚などに豊富で、食事からの摂取が必要な「必須脂肪酸」のひとつに数えられている。