脳を理解するための基礎知識
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1日30分、楽しみながら続けるのがコツ

No.15 1日30分、楽しみながら続けるのがコツ

 かつては子どもの遊びだったぬり絵やなぞり書きが、今また“脳を元気にする”大人の楽しみとして、シニア層を中心に静かなブームを呼んでいる。脳の老化予防のほか、認知症のリハビリや、ストレス解消の手段としても効果があるという。ぬり絵やなぞり書きは、実際に脳にどのような作用をもたらすのか。ぬり絵やなぞり書きの著書、監修書を数多く持つ、杏林大学医学部精神神経科教授の古賀良彦氏に聞いた。

ぬり絵は脳全体を活性化する

 古賀氏の説明によると、ぬり絵を行っているとき、私たちの脳は次のように働く(図1)。(1)まず原画を手本としながら、下絵を見定める。このとき使っているのは、視覚を司る後頭葉の部分だ。(2)原画や下絵を正確に把握するため、過去に見た形や色の記憶を参照するので、この記憶が蓄えられている側頭葉も同時に働く。(3)また絵全体のバランスをつかむために、頭頂葉もこれに協調する。(4)こうして下絵が認識されると、前頭葉にある前頭連合野へ、その情報が送られる。そして下絵を何色でどう塗るか、プランが組み立てられる。(5)プランができたら、いよいよぬる作業のスタートだ。同じく前頭葉にある運動野が働いて、片方の手に色鉛筆が握られ、もう片方の手は紙を押さえながら、色がぬられていく。

ぬり絵と脳の機能の関係
ぬり絵によるP300の賦活効果

 単純作業に思われがちなぬり絵だが、大まかに言ってもこれだけ広汎な領域の脳が機能しているのである。古賀氏はこのことを検証するために、脳の活性度の指標であるP300という脳波に着目し、ぬり絵をする前と後で、P300の出方にどのような変化があるかを調べた。図2はその結果である。P300が大きく出現している部分、つまり脳が活発に働いている部分が赤で示されているが、ぬり絵をする前と後を比べると、明らかにぬり絵をした後の方が、より広い範囲で脳が活性化しているのがわかる。

脳の老化予防に。また認知症患者のリハビリとして

 このようにぬり絵は、脳機能を広く活性化することで、脳の老化を予防する効果が期待できる。また最近では、すでに認知症を発症した人に対するリハビリとしても注目されている。「認知症患者に対するぬり絵の効果は、以前から経験的に知られていました。しかし従来あったような子ども向けのぬり絵では、あまり熱心に取り組んでもらえないのが現状でした。やはり、やる人の興味や関心をひく題材を選ぶ必要があります。認知症の人には、比較的色づかいが鮮明で、人物がデフォルメされて描かれている、浮世絵のような絵が好まれるようです。特徴がつかみやすいのと、人が描かれているので親しみやすさを感じるのでしょう」と古賀氏は語る。
 また人とのコミュニケーションが図りやすいというのも、ぬり絵の優れた点だ。特に認知症の人は、人とうまく交流できず、ひきこもる傾向にある。それがかえって症状を悪化させるケースも多い。ぬり絵をしながら隣の人と話をしたり、完成した作品をだれかに見せるなど、ぬり絵を通じて人とのコミュニケーションが深まれば、脳にとってもよい影響をもたらすことになる。

なぞり書きでは「読み書き」に加え、「鑑賞する」脳も活性化

 ぬり絵以外では、文学作品や詩歌、百人一首などのなぞり書きも、“脳を元気にする”効果があるとして人気を集めている。やり方はあらかじめ薄く印刷された文章を読み、活字を鉛筆でなぞっていくというもので、声に出して読むことを勧めるテキストも多い。
 なぞり書きもぬり絵と同様、脳全体をまんべんなく活性化するが、特に漢字を黙読するときには、側頭葉の下部にある読字中枢が、文字を書くときには、頭頂葉と後頭葉の間にある、書字中枢が活発になる。テキストのます目にバランスよく文字を書こうとすれば、頭頂葉の働きもこれに加わる。
 また、なぞり書きによって刺激されるのは、「読み書き」に関連する領域に留まらない。作品に描かれた世界を視覚的にイメージしたり、作品の内容に感情を強く揺さぶられるといった、作品を「鑑賞する」脳の領域も、なぞり書きによって活性化される。

あらゆる世代のストレス対策に

 脳全体にほどよい刺激を与え、脳を元気にしてくれるぬり絵やなぞり書き。古賀氏はこれらを、シニア世代や認知症のリハビリとしてだけでなく、ストレス解消の一策として、あらゆる世代の人に取り入れてほしいという。ストレスのない健康な脳を保つことは、ひいては脳の老化や、認知症など脳の病気を予防することにつながる。
 「ストレス解消のキーワードは、レスト(Rest:脳を休ませる)・リラクゼーション(Relaxation:脳を癒す)・レクリエーション(Recreation:脳を活性化する)の“3つのR”。このうち特に重要なのがレクリエーションです。ストレスとは心身がゆがんだ状態のことですが、これを解消するには、休んだり、リラックスするだけでなく、脳を積極的に働かせて、元の健康な状態に戻すレクリエーションが必要。ぬり絵やなぞり書きは、レクリエーションの方法としておすすめです。」
 このほか、「筆記用具さえあればすぐに始められる」「片づけが簡単でいつでもやめられる」「競争相手や制限時間がない」といったことも、ぬり絵やなぞり書きが日常のレクリエーションとして優れている理由だ。
 とはいえ、やりすぎは禁物。1日30分程度、無心に取り組んで、さっとやめる。そしてできる限り毎日続ける。これがぬり絵やなぞり書きで、“元気な脳”を手に入れるコツである。