脳を理解するための基礎知識
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No.12 年齢とともに“かたく”なるアタマ

No.12 年齢とともに“かたく”なるアタマ

 年を取ると、アタマがかたくなる-意外にもこれは真実らしい。
 私たちの多くは年齢とともにアタマの衰えを感じ、しばしば嘆息するが、具体的に脳ではどんな加齢変化が起こっているのだろう。これについて2006年7月に開催された、第29回日本神経科学学会で、神経細胞の細胞膜とその主要成分であるアラキドン酸※1に着目したユニークな研究が発表された。
 加齢に伴い細胞膜の新陳代謝は低下し、次第に古くて“かたい”膜になる。脳を若く保つには、いかに細胞膜のターンオーバーを促し、新鮮でしなやかな膜を維持するかにかかっているようだ。

脳の働きを支える神経細胞の“膜”。膜は常に新陳代謝している

 細胞膜は、細胞の表面を取り囲む膜である。人間の体はおよそ60兆にのぼる細胞からできているが、それら一つひとつの細胞は細胞膜で覆われている。図1は細胞膜の断面図を模式化したものだが、2本の脂肪酸の足を持つリン脂質が、ちょうど向かい合う形で二重構造をなし、その所々にタンパク質が埋め込まれるように存在している。
 細胞膜は単に細胞の内と外を隔てる膜ではない。それ自体、活発に働く小器官である。栄養を細胞中に取り込んだり、老廃物を細胞外に排出したりするほか、神経細胞の細胞膜は、情報の伝達にも関与し、脳の働きそのものに深く関わっている。
 細胞膜がこのような機能を十二分に果たすには、膜そのものがやわらかく、膜を構成するリン脂質が、流動性に富んでいなければならない。ちょうどリン脂質の海の中を、タンパク質が自由に泳ぎ回るイメージだ。そのため細胞膜は新陳代謝を繰り返し、古くてかたくなったリン脂質を、新しいリン脂質に置き換えて、やわらかい膜の維持に努めている。神経細胞は、他の細胞と異なり、細胞そのものが生まれ変わることはないが、細胞膜のリニューアルは常に行われている。

細胞膜の構造

加齢とともに低下する膜の流動性。アラキドン酸に改善効果あり

 しかし加齢とともに、細胞膜の新陳代謝は衰え、膜のしなやかさや流動性は、次第に損なわれていく。東海大学・開発工学部教授の榊原学氏らは、ラットを用いた研究で、神経細胞の膜の流動性が、老化によってどう変化するかを調べた。
 また同氏らの研究グループは、不飽和脂肪酸のアラキドン酸を老齢ラットに摂取させた場合、細胞膜にどのような影響があるかも検討している。アラキドン酸は体のどこの細胞にも存在するが、脳のなかでも、特に記憶との関係が深い海馬の細胞膜中に多く含まれている。しかし一方で脳のアラキドン酸は、老化とともに減少することが知られており、今回の実験では、老齢ラットに細胞膜の原料となるアラキドン酸を積極的に与えることで、加齢による膜の流動性低下を抑制するか否かを見ている。
 実験方法としては、ラットを以下の3群にわけて一定期間飼育したのち、海馬を厚さ400μmに切った標本を作成し、フラップ(FRAP)実験を行った。
・YC群:若齢ラット(2ヵ月齢)/アラキドン酸を含まない飼料を与える
・OC群:老齢ラット(18ヵ月齢)/アラキドン酸を含まない飼料を与える
・OA群:老齢ラット(18ヵ月齢)/アラキドン酸を配合した飼料を与える(3ヵ月以上)
 フラップ実験とは、細胞膜の流動性を調べる方法で、図2のように海馬のスライスに含まれる神経細胞に蛍光色素を取り込ませたのち、一部に強い光を照射して蛍光色素を退色させ、その後の経過を観察する。蛍光色素は均一に拡散しようとするので、流動性が高い膜ほど、速やかに周囲の蛍光色素が退色した部分に移行してくる。

FRAP実験

 図3の左図はその実験結果である。YC群は退色後わずか50秒ほどで、100%近く回復しているが、OC群では5分後(300秒後)も約40%の回復率にとどまり、老齢ラットでは膜の流動性が著しく損なわれていることが確認された。
 一方、アラキドン酸配合の飼料を与えたOA群では、100秒ほどで約80%の回復を見せ、アラキドン酸によって、老化による膜の流動性低下が抑制されることが明らかになった。
 図3の右図は蛍光色素の移行速度を見たものだが、ここからも老齢ラットでは膜の流動性が低下し、蛍光色素の移行速度が遅くなるが、アラキドン酸の摂取によりそれが改善されることが読みとれる。

神経細胞膜の流動性における加齢の影響とアラキドン酸摂取の効果

脳を若く保つことは、“膜”をしなやかに保つこと

 しなやかな細胞膜を維持するためには、リン脂質の原料となる脂肪酸を十分に補給し、膜の新陳代謝を促してやる必要がある。しかし高齢になると、食事だけでは十分な脂肪酸が供給されにくく、さらに化学合成を促す酵素反応が弱くなるため、体内での合成もうまくいかなくなって、膜は次第にかたく変質する。今回の実験でYC群とOC群に見られた差は、まさにそのことを示している。
 またOA群で、膜の流動性の改善が認められたことについては、膜の主要成分であるアラキドン酸を大量に摂取したことで新陳代謝が促進され、新しくやわらかい膜にリニューアルされたためと考えられる。
 榊原氏は「今回の実験ではラットを用いたが、加齢に伴う膜の流動性の低下と、アラキドン酸によるその改善効果は、おそらく人間にも当てはまる。また海馬のみならず、脳全体についても同様のことが言えるのではないか」と推察する。
 神経細胞の細胞膜は、情報の伝達という、他の細胞にはない重要な役割を持ち、脳の働きそのものを支えている。年をとって記憶力や集中力などが衰えるのは、ひとつには老化によって神経細胞膜がかたくなり、情報伝達がスムーズにいかなくなるためなのである。老化そのものは避けることができないが、神経細胞膜をできる限りしなやかに保つこと、これが若い脳を維持する秘訣と言えるだろう。
 食品成分であるアラキドン酸を摂ることで、加齢による神経細胞膜の流動性低下が改善されたという今回の結果は、脳の老化予防を考える上で、大変興味深い。膜の原料となる脂肪酸には、アラキドン酸以外にDHA、EPAなどがあるが、それらの脂肪酸との関係など、今後のさらなる研究に期待したい。

※1 アラキドン酸(ARA)
DHAと同じく、細胞膜を構成する主要な不飽和脂肪酸。体の組織のいたるところに存在するが、特に記憶との関係が深い海馬を中心に脳に多く含まれ、そのため脳の機能そのものに大きく関わっているといわれている。食品では肉、卵、魚などに豊富で、食事からの摂取が必要な「必須脂肪酸」のひとつに数えられている。
アラキドン酸の脳に対する効果としては、60歳以上の健常高齢者を対象とした認知機能の改善や、もの忘れを訴える60歳以上の健常高齢者に対する、記憶力(即時記憶)及び集中力の改善効果など、本ニュースでも何度か取り上げてきたが、今回紹介した研究は、このようなアラキドン酸の効果について、その作用機序(メカニズム)の一端を解明するものである。