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No.11 教育現場でも本格的な支援始まる

No.11 教育現場でも本格的な支援始まる

 不登校やひきこもり、学級崩壊などが社会問題化し、また大人の理解を越えた少年犯罪がたびたび報道される昨今、子どもの心の問題に高い関心が寄せられている。2005年4月からは、注意欠陥・多動性障害(ADHD)や学習障害、自閉症、アスペルガー症候群など、発達障害を対象とした「発達障害者支援法」が施行され、教育の現場でも本格的な支援体制が整いつつある。
 今号のブレインヘルスニュースでは、発達障害のなかでも、小中学生の約2.5%に見られるというADHDに焦点を当てる。ADHDとはどのような障害か、またADHDを持つ子どもにはどんな対応が求められるのか、茨城大学・教育学部教授の尾﨑久記氏に聞いた。

クラスに1人はADHDの子どもがいる

 幼い子どもは、本来、落ち着きがないものだ。所かまわず、欲求のままに動き回り、興味も移ろいやすい。それが“子どもらしさ”であり、大人たちもそういう子どもを微笑ましく受けとめる。
 幼少期に見られるこのような行動は、成長とともに、次第に状況や目的に適った行動へと変化していくが、近年、学齢期になっても極度に落ち着きや集中力がなく、「授業中座っていられない」「人の話を黙って聞けない」など、日常生活に支障をきたす子どもが増えている。ADHDの子どもたちである。

DMS-IVによる注意欠陥・多動性障害の定義(APA. 1994)

 表1は一般によく用いられるADHDの診断基準である。「不注意」及び「多動性・衝動性」に関する9つの症状のうち、どちらかで6つ以上当てはまる場合に、ADHDと診断される(ただし、学校と家など2カ所以上の場所で、6カ月以上継続している症状に限る)。
 「不注意」で6つ以上の症状が該当する場合は「不注意型」、「多動性・衝動性」で6つ以上該当する場合は「多動・衝動型」のサブタイプに分類されるが、実際にはそれぞれで6つ以上の症状を持つ「混合型」の子どもが多い。2002年、文部科学省が実施した全国実態調査では、小中学生のADHDの割合は約2.5%という結果が出た。クラスに1人はADHDの子どもがいる計算だ。性別では「不注意型」に女子が多いほかは、「多動・衝動型」「混合型」ともに男子に多く、全体で見てもADHDは男子に発現しやすい障害といえる。

「プロセスの省略化」と「社会の高速化」がADHD増加の要因

 ADHDは、脳の機能障害のひとつと考えられている。コミュニケーションや注意、情動などに関わる脳の前頭前野で、神経伝達物質であるドーパミンを介した情報伝達が、うまく機能していないのではないか、というのが現時点での有力な仮説だ。
 尾﨑氏は、「先天的に脳にこのような機能障害を持つ子どもの割合は、昔も今も変わらないはず。それが最近になってADHDとして問題視されるようになったのは、子どもを取りまく環境が変わったためではないか」と話す。
 中でも尾﨑氏が懸念するのは、「プロセスの省略化」と「社会の高速化」だ。例えば食事ひとつとっても、材料の調達から、下ごしらえ、調理、盛りつけといった一連のプロセスに触れることは、ADHDの子どもにとって格好のトレーニングとなっていた。なぜならそういったプロセス体験を通じて、「できあがるまでがまんして待つこと」や「物事には順番があること」などを、身をもって知ることができるからだ。
 しかし現代では食事に限らず、生活の中から“ものをつくるプロセス”が見えにくくなり、ボタンひとつで多くの欲求が満たされる。便利で快適なことには違いないが、その反面、ADHDの子どもが障害を克服し、成長していくための訓練の場が、生活の中から消えかけている。

ADHDは発達障害のひとつで、知的障害を伴う場合とともなわない場合がある。円が重なり合っている部分は、それぞれの発達障害が合併するケースが見られることを示している。

 またインターネットや携帯電話など、情報通信機器の普及により、現代人は常に膨大な量の情報にさらされ、それを瞬時にコントロールしながら生きることを余儀なくされている。そのような高速化した社会が、結果的にその流れについていけないADHDの子どもたちを、あぶり出すことになったのではないかと尾﨑氏は指摘する。

劣等感や自信喪失など、二次的な症状を未然に防ぐことが大切

 子どものADHDの診断・治療は、小児科、特に小児神経科が中心となって行っている。必要に応じて薬物療法が選択されるケースも多く、不注意や多動の症状を抑えるメチルフェニデート(リタリン)がしばしば用いられる。
 「薬の使用で、6~7割の子どもに一時的な症状の改善が見られる。対症療法ではあるが、限られた時間でも、落ち着いて学習に取り組める状況を作ることが大切」と尾﨑氏。
 多くの場合、ADHDの症状は年齢とともに軽減されてくる。しかしそれまでの間に、学習の遅れや周囲との軋轢が原因で、子どもが強い劣等感を抱いたり、自信を喪失するケースも目立つ。ADHD治療の第一義的な目的は、症状が落ち着いてくる年になるまで、そのような二次的な症状を未然に防ぐことにある。
 薬物療法以外にも、症状に応じてさまざまな教育的支援が並行して行われる。例えばソーシャルスキルトレーニング(SST)は、主に対人関係にトラブルを抱えている子どもに有効とされる訓練法で、ゲームや工作、料理、楽器の演奏などの活動を通じて、良好な人間関係を作るためのコツや技術を学ばせていく。

さまざまな「体験」が不可欠。来年度から学校での特別支援も

 2005年4月、発達障害を持つ人を対象とした「発達障害者支援法」が施行された。発達障害は、ADHDのほか、学習障害、自閉症、アスペルガー症候群など、先天性の脳の機能不全に由来している図1のような障害をいう。これまで知的障害を伴わない発達障害は、「障害」として認められず、福祉施策の対象外にあったが、この法律によって知的障害の有無に関係なく、国の支援が受けられるようになった。
 また法の整備と連動して、教育現場も変わりつつある。従来の「特殊教育」の枠を拡大し、ADHDや学習障害の子どもも含めた「特別支援教育」が始まろうとしている。現在、来年4月を目標に、全国で支援体制の整備が進められているところだ。
 便利でハイテンポな現代社会が、結果的にADHDという障害を顕在化させたのだとしても、時計の針を巻き戻し、昔の社会に後戻りすることはできない。それならば、子どもが周囲との関係性や時間的なつながりを学ぶ場、“ものをつくるプロセス”を体験する場を、社会全体で用意してやる必要があるだろう。ADHDの子どもを取りまく法的、教育的支援が整いつつあるなか、親や関係者だけでなく、大人一人ひとりがそのような視点を持つことが求められている。