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No.10 加齢で減少する体内のアラキドン酸

No.10 加齢で減少する体内のアラキドン酸

 ふだんの食事で何かと気になる“脂質(あぶら)”の摂り方。「日本人の食事摂取基準」では30~60歳代で、総エネルギーの20%以上、25%未満を目標としているが、近年、「量」だけでなく「質」に着目した、脂質栄養のあり方が注目されている。
 女子栄養大学・基礎栄養学研究室助教授の川端輝江氏は、2004年と2005年に食事調査を実施し、必須脂肪酸の一つであるアラキドン酸※1の摂取と、その取り込みに関する研究を行った。
 今回のブレインヘルスニュースでは、去る5月、日本栄養・食糧学会大会で発表された川端氏の研究成果を中心に、脂質栄養の現状を取り上げる。

全身約60兆個の細胞膜を構成する脂肪酸

 脂質は体内でエネルギー源となるほか、細胞膜など生体膜の構成成分でもある。人間の体は約60兆個もの細胞でできているが、その細胞一つひとつの膜は、主に脂質から作られている。
 細胞膜中の脂質は、2本の脂肪酸にリン酸とグリセロールが結びついた「リン脂質」と呼ばれる形で存在している(表1)。脂肪酸とは脂質の基本単位のようなもの。たくさんの種類があるが、それぞれに個性があり、どのような脂肪酸が多く含まれているかで、細胞膜そのものの性質も異なってくる。細胞膜は単に細胞を形作るだけでなく、細胞の内と外で、さまざまなやりとりを行う重要な役割を担っている。つまり膜中の脂肪酸は、細胞が行う諸活動、ひいては生体機能全般に影響を与えることになる。
 このように重要な働きを持つ脂質だが、摂取の面から考えると、脂肪酸には人間の体内で合成できるものと、できないものがあり、合成できないものについては、「必須脂肪酸」として食品から摂る必要がある。具体的にはリノレン酸、DHA(ドコサヘキサエン酸)、EPA(エイコサペンタエン酸)、リノール酸、アラキドン酸の5つの脂肪酸だ。このうちリノレン酸、リノール酸は体内でまったく合成できない。あとの3つはある程度は体内で作られるが、やはり食事からの摂取が必要と考えられているために、必須脂肪酸に数えられている。

細胞膜中の脂質(模式図)

アラキドン酸の摂取量と体内レベルを測定する食事調査を実施

 これまでの研究で、リノール酸と同じn-6系の必須脂肪酸であるアラキドン酸は、細胞膜の成分として、特に重要であることがわかっている。膜中のアラキドン酸が極端に不足すると、皮膚疾患などが表れるという報告もあり、またそこまで至らない場合でも、細胞の活動が低下するのではないかと考えられている。
 しかし実際のアラキドン酸の摂取状況や、細胞膜への取り込みについては、これまでほとんど知られていなかった。そこで川端氏はアラキドン酸の摂取量と体内レベルを明らかにするため、2004年~2005年にかけて食事調査を実施した。
 食事調査は、若年女性30名(平均年齢約20歳)と、高年男性22名(平均年齢約67歳)の2グループに、それぞれ28日間にわたり、食事記録と実際の食事内容をデジタルカメラで撮影した画像を提出してもらうというものだ。そこから食品の重量を推定し、脂肪酸やそのほかの栄養素を算出した。また食事調査終了時に採血を実施して、血液中に含まれる赤血球の細胞膜の脂肪酸組成を分析した。赤血球の膜は、全身の細胞膜の状態とほぼ一致する。また3週間程度で膜の成分が入れかわるため、調査期間中の食事内容をよく反映する。以上のことから今回の実験で示される赤血球膜のアラキドン酸の割合は、日常的なアラキドン酸の体内レベルを示すものと考えられる。

アラキドン酸摂取量の差は、魚介類にあった

 調査の結果、摂取状況に関しては、高年男性が若年女性に対して摂取カロリーが高く、特にタンパク質、脂質の摂取量が多いことがわかった。またアラキドン酸は若年女性が1日平均137mg、高年男性が172mgで、そのほかDHA、EPAについても、高年男性の方が多く摂っていた。
 さらに、アラキドン酸を何の食品から摂取していたかを調べたところ、図1のような結果が得られた。若年女性と高年男性では、魚介類の摂取量に大きな開きがある。アラキドン酸の主な供給源には、魚介類、肉類、卵、牛乳・乳製品があるが、中でも魚をよく食べるか、食べないかが、アラキドン酸摂取量の差につながったと考えられる。

加齢とともに、アラキドン酸の体内レベルが低下

 次にアラキドン酸、DHA、EPAの摂取量と、赤血球膜中の割合を図2に示した。これを見ると、脂肪酸の摂取量と膜への取り込みは、必ずしも一致していない。特にアラキドン酸は、高年男性の方が摂取量が多いにも関わらず、膜中の割合は若年女性に比べて有意に低い、という意外な結果が出た。本ニュースでも何度か紹介したが、脳の海馬に存在するアラキドン酸やDHAなどの必須脂肪酸は、年齢とともにその量が減少する。川端氏の今回の結果はそのこととよく一致しており、赤血球の膜でも同様のことが起こっている可能性が示唆されていることからも非常に興味深い。
 また川端氏は、赤血球膜中のアラキドン酸の割合が、DHA、EPAの摂取量と逆相関の関係にあることを見出している。つまりDHAやEPAを多く摂取すると、アラキドン酸の体内レベルにも影響し、低下する傾向があるということだ。

食品群からのアラキドン酸摂取割合
若年女性と高年男性の必須脂肪酸の摂取量と赤血球膜リン脂質の組成

 「今回の実験でアラキドン酸、DHA、EPAなどの必須脂肪酸は摂取すれば摂取しただけ、それぞれの脂肪酸の体内レベルに反映されるわけではないという興味ある事実が示された。今後は年齢、性別、そして自身の食生活に応じた必須脂肪酸の理想的な摂り方を考えていく必要がある」と川端氏は話す。

脂質栄養は「量」から「質」へ。脂肪酸の機能性に注目

 脂質の摂り方は案外難しい。いくら体にいい脂肪酸でも、摂りすぎるとエネルギー過剰になってしまう。一定の枠内で、しかも理想的な量とバランスで脂肪酸を摂取するには、食事以外にサプリメントの利用も有効だ。
 各脂肪酸の摂取量については、2005年に改定された「日本人の食事摂取基準」で、初めて脂質を飽和脂肪酸、n-3系脂肪酸、n-6系脂肪酸、およびコレステロールの4グループに分けた摂取基準が策定された。
 脂質栄養の流れは、脂肪酸の機能性を重視し、質・内容を考慮したものへと変わりつつある。今後は脂肪酸ごとの摂取基準の策定をはじめ、個々の脂肪酸についてさらに詳細な検討が求められる。

※1 アラキドン酸(ARA)
DHAと同じく、細胞膜を構成する主要な不飽和脂肪酸。体の組織のいたるところに存在するが、特に記憶との関係が深い海馬を中心に脳に多く含まれ、そのため脳の機能そのものに大きく関わっているといわれている。食品では肉、卵、魚などに豊富で、食事からの摂取が必要な「必須脂肪酸」のひとつに数えられている。