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No.7 脳疾患の後遺症に苦しむ人に朗報

No.7 脳疾患の後遺症に苦しむ人に朗報

 今号のブレインヘルスニュースでは、No.5(2006年1月20日発行)に引き続き、昨年開かれた米国神経科学学会Neuroscience 2005で発表された、金沢大学大学院医学系研究科・再生脳外科学講座の山嶋哲盛氏の研究成果を紹介する。同氏はアラキドン酸※1とDHA(ドコサヘキサエン酸)は、脳卒中や脳挫傷の後遺症で、記憶力や集中力など、脳の高次機能に障害を持つ人に対しても、高い改善効果があることを突きとめた。
 昨今、深刻な社会問題となっている高次脳機能障害については、医療と福祉の両面から、支援体制の確立が急がれている。この障害に食品成分である脂肪酸を用いてアプローチするという山嶋氏の研究は、この流れを後押しするものといえるだろう。

救命救急医療の発展がもたらした新しい後遺症 : 高次脳機能障害

 脳の病気やケガから幸い一命はとりとめたものの、その後遺症で記憶力や思考力などの機能が低下する高次脳機能障害。厚生労働省の推計では全国でおよそ30万人が、救命救急医療の進展がもたらしたともいえる同障害に苦しんでいる。
 高次脳機能障害は「見えない障害」とも呼ばれる。重症になると日常生活で介護が必要になることもあるが、見た目は健康そうなのに「約束事を忘れてしまう」「言ったことを覚えていない」「話がうまくかみ合わない」「計画を立てて物事を実行できない」「感情を抑えきれない」など、一見してわかりづらい症状が多いからだ。障害としてあまり認知されてこなかったため、家族や本人でさえ気がつかないケースもある。
 この障害は早期に発見し、治療やリハビリ、生活・職能訓練などが適切に行われれば、回復が期待できる。しかし、これまでは客観的な診断方法や治療法、リハビリプログラムがなく、医療と福祉の狭間に取り残されてきたという経緯がある。厚生労働省は2001年度から一部地域でモデル事業を実施し、全国的な支援体制の整備を目指しているが、普及までにはまだまだ時間がかかりそうだ。
 山嶋氏は「この障害は外見上の異常がないだけに周囲から理解されにくく、仕事を失ったり、社会生活を営む上で精神的、経済的に追い込まれていく人が多い。早急に救済体制を整えなければ、今後、認知症に匹敵する大きな社会問題になる」と危惧している。

器質的脳疾患群:脳卒中、脳挫傷など

病気やけがで失った記憶力が、アラキドン酸+DHAで回復

 山嶋氏は、脳機能の再生をはかる内科的アプローチのひとつとして、多価不飽和脂肪酸であるアラキドン酸とDHAに着目し、研究を進めている。これまでにアラキドン酸とDHAには、もの忘れを訴える健常な高齢者に対し、「即時記憶」と「注意(集中)力」を有意に向上させる効果があることがわかり、本ニュースリリースNo.5でも報告した。
 山嶋氏はまた、脳梗塞や脳出血、ケガなどによる脳挫傷の後遺症で、高次脳機能障害がある人に対する両成分の効果も検証している。臨床トライアルでは受傷から5年以上が経過し、後遺症の症状がすでに固定化している被験者に、同意を得た上で、1日につきそれぞれ240mg相当のアラキドン酸とDHAを、90日間にわたって摂取してもらった。図1はその結果だが、トライアル開始前に行った「アーバンス神経心理テスト」※2で、スコアの低かった「即時記憶」と「短期(遅延)記憶」が、90日後の終了時にはどちらも有意に改善されていた。
 図2に示したデータは、被験者の一人である60歳男性のものだが、この男性は同年代の健常者の平均スコア50に対し、当初は「即時記憶」が27、「短期(遅延)記憶」が13しかなかった。しかし実験終了後には、それぞれ45と41にまで回復したのである。
 「即時記憶」は、言葉や図形などを瞬間的に記憶する力、「短期(遅延)記憶」は「即時記憶」よりもう少し長い数時間以上、記憶を保持しておく力で、日常生活のあらゆる場面で無意識に使っている重要な脳機能である。病気やケガで失ったこれらの記憶力を取り戻す事ができる医学的および社会的価値は、はかりしれないものがある。
 「何年も症状が固定化していた人が、90日でこのように変化するとは、正直驚いている。これほどの効果があるものは、今のところ薬でもない」と山嶋氏。同氏は、高次脳機能障害を持つほかの患者さんでも検証を続けているが、これまでのところ、ほぼ全員に同様の効果が確認できている。

器質的脳疾患の典型例

顕著な効果! 待たれるメカニズムの解明

 どちらも必須脂肪酸であるアラキドン酸とDHAの摂取によって、失われた脳の高次機能がなぜ回復したのだろうか。高次脳機能障害が社会問題化している今、その根拠となるメカニズムを明らかにする意義は大きい。アラキドン酸とDHAは、どちらも神経細胞の膜の材料となる成分である。そのためこれらを積極的に摂ったことで細胞膜が新しく生まれかわり、神経細胞の機能が向上した結果、記憶力などの回復につながったのではないか、との考え方が一般的だ。
 しかしこれに対し山嶋氏は「このような顕著な効果は、単に膜の成分が豊富に供給されたから、というだけでは説明しにくい」と考えている。今後のさらなるメカニズムの解明が待たれるところだ。

※1 アラキドン酸(ARA)
DHAと同じく、細胞膜を構成する主要な不飽和脂肪酸。体の組織のいたるところに存在するが、特に記憶との関係が深い海馬を中心に脳に多く含まれ、そのため脳の機能そのものに大きく関わっているといわれている。食品では肉、卵、魚などに豊富で、食事からの摂取が必要な「必須脂肪酸」のひとつに数えられている。

※2 アーバンス神経心理テスト
ヒトの高次脳機能を12の下位テストによって、「即時記憶」「視空間・構成」「言語」「注意(集中)力」「短期(遅延)記憶」の5項目で評価する方法。学習効果の影響を最小限に抑えることができるため再現性が高く、30~40分で簡便に精度の高い評価が可能。国内でも採用する病院が増えている。
(参考文献 脳と神経 5 4 : 4 6 3 - 4 7 1 , 2 0 0 2 )