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No.5 不飽和脂肪酸で、加齢による“もの忘れ”を改善する

No.5 不飽和脂肪酸で、加齢による“もの忘れ”を改善する

 年齢を重ねるごとに、とかく気になりはじめる「記憶力の低下」。加齢によるもの忘れは、脳の神経細胞の減少による機能低下が主な原因とされている。
 脳機能の再生をテーマに取り組む、金沢大学大学院医学系研究科・再生脳外科学講座の山嶋哲盛氏によると、食品成分であるアラキドン酸とDHAには、記憶力などヒトの高次脳機能を改善する効果があるという。その研究成果は、昨年11月、ワシントンで開かれた米国神経科学学会Neuroscience 2005で発表された。

年齢とともに「即時記憶」、「注意(集中)力」、「短期記憶」が低下する

 図1は、特に脳に疾患を持たない健常者の高次脳機能を、年代別に見たものである。評価の方法としては、簡便で学習効果の影響が少ないとされる「アーバンス神経心理テスト」※1を用いている。
 高次脳機能は、言葉を操る、考える、認識する、判断するなど、最も高度な脳の働きで、記憶力の低下やもの忘れは、この高次脳機能と深い関わりがある。図1ではこの高次脳機能を、大きく「即時記憶」、「視空間・構成」、「言語」、「注意(集中)力」、「短期記憶」の5項目で捉え、年代ごとの平均値を示している。

20代を基準とした各年代ごとの粗点の変化

 これを見ると20代と比べ、60代以降で「即時記憶」(言葉や図形を5分程度のごく短時間、記憶しておく能力)や「注意(集中)力」、「短期記憶」(即時記憶よりやや長い数時間程度、記憶しておく能力)が低下しはじめるのがわかる。
 いうまでもなく、脳卒中や脳外傷の後遺症がある患者やアルツハイマー病の患者の場合は、この高次脳機能は著しく低下する。外見では何ら健常人と変わらないが、社会生活や仕事に重大な支障をきたしてしまう。山嶋氏によると、このアーバンス神経心理テストで同年代の健常人の平均値を50としたとき、30から40くらいまでの範囲にある人は、MRIによって脳に器質的な異常が認められないなら、加齢による生理現象としてのもの忘れか早期アルツハイマー病のいずれかであると考えられるという。

もの忘れの主因は、神経細胞の減少と細胞膜の酸化

 年をとると、何故、もの忘れをしやすくなるのだろう。それは脳の神経細胞そのものが、加齢とともに減少することに加え、まだ生きている細胞も、細胞膜に酸化傷害が蓄積されやすくなり、結果的に神経細胞のネットワークが衰えがちになることが、主な原因でないかと考えられている。
 では、私たちはこのような脳の老化現象をくいとめることはできないのであろうか。山嶋氏はこれまでの研究で、ビタミンB6に神経細胞の減少を抑制する効果があることを見出しているが、同じく食品成分であるアラキドン酸※2とDHA(ドコサヘキサエン酸)に、老化による脳の機能低下を改善する働きがあることをつきとめ、昨年の11月に米国で開催された上記の国際会議Neuroscience2005で、その研究成果を発表した。

アラキドン酸+DHAで、健常高齢者の「即時記憶」、「注意(集中)力」が改善

 今回、山嶋氏が行った研究は、もの忘れを訴える60歳以上の健常者14名に、アラキドン酸とDHAを摂取(各240mg相当量/日、90日間)させ、高次脳機能にどのような変化があるかを見たものである。アラキドン酸とDHAは、ともに脳を構成する重要な多価不飽和脂肪酸で、加齢とともに脳内のアラキドン酸とDHAの量は減少することが知られている。これまでに老齢ラットにアラキドン酸を摂取させると、脳内のアラキドン酸量が若齢ラットと同程度にまで回復し、衰えた脳機能が改善されること、また本ニュースリリースNo.1で紹介したように、60~70歳までの健康な高齢者がアラキドン酸を摂取することにより、情報処理能力と集中力が高まることなどが確認されている。
 山嶋氏の研究では、被検者の同意を得た上で、実験開始前と終了後にアーバンス神経心理テストを実施。その結果、「即時記憶」、「視空間・構成」、「言語」、「注意(集中)力」、「短期記憶」の5項目のうち、「即時記憶」と「注意(集中)力」に有意な改善が認められた(図2)。

もの忘れを訴える60歳以上の正常高年者(14人)の記憶力と注意(集中)力に対するアラキドン酸およびDHA含有油脂の効果

 この結果について山嶋氏は、「アラキドン酸もDHAも、神経細胞の細胞膜を構成する主要な脂肪酸。90日間の摂取により、膜の成分が新しく入れ替わったためではないか」と推定する。
 すでに述べたように、老化とともに神経細胞の細胞膜は酸化されやすくなり、膜の流動性を失う。本来、神経細胞膜の成分は常にターンオーバーを繰り返しているが、他の細胞と異なり、神経細胞そのものが生まれ変わることはないといわれている。年を取って、そのサイクルが遅くなると、酸化によるダメージが細胞膜に蓄積しやすくなるのだ。
 しかし今回の研究では、細胞膜の材料となるアラキドン酸とDHAを摂取したことで、膜のリニューアルが促進され、神経細胞の働きそのものも改善されたのではないかと思われる。

今後注目される“脳の再生”。食品成分にも期待

 金沢大学大学院医学系研究科では、昨年5月より、山嶋氏を中心とする「再生脳外科学講座」が開設された。「再生脳外科」とは、脳の疾患や外傷、加齢などが原因で低下した高次脳機能を、いかに取り戻すかという最先端医療を行うトレンドな診療科である。具体的には、神経幹細胞などの移植による外科的アプローチと、サプリメントによる内科的アプローチを柱に、山嶋氏のグループは新たな治療法の確立を目指している。脳の病気やけがそのものをターゲットとしてきた従来の脳神経外科学に対し、“脳の再生”に主眼を置くこのような試みは、日本では他に例をみない。脳卒中や脳挫傷の後遺症に悩む人や、広くは加齢によるもの忘れが気になる多くの人々にとって、朗報といえるだろう。
 先に紹介したアラキドン酸とDHAを用いた研究も、この取り組みの一環に当たる。また山嶋氏の研究グループは、脳卒中や脳挫傷など脳に器質的な障害を持つ人に対しても、すでにかなりの効果を確認しており(2006年3月20日発行予定の本ニュースリリースNo.7で紹介する予定)、食品成分であるアラキドン酸、DHAの脳機能改善効果に高次脳機能障害に苦しむ患者や家族からさらなる期待が寄せられている。

※1 アーバンス神経心理テスト
ヒトの高次脳機能を12の下位テストによって、「即時記憶」、「視空間・構成」、「言語」、「注意(集中)力」、「短期記憶」の5項目で評価する方法。学習効果の影響を最小限に抑えることができるため再現性が高く、30~40分で簡便に精度の高い評価が可能であり、国内においても採用する病院が増えている。
(参考文献:脳と神経54:463-471,2002)

※2 アラキドン酸(ARA)
DHAと同じく、細胞膜を構成する主要な不飽和脂肪酸。体の組織のいたるところに存在するが、特に記憶との関係が深い海馬を中心に脳に多く含まれ、そのため脳の機能そのものに大きく関わっているといわれている。食品では肉、卵、魚などに豊富で、食事からの摂取が必要な「必須脂肪酸」のひとつに数えられている。