脳を理解するための基礎知識
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No.3 社会問題化する睡眠障害

No.3 社会問題化する睡眠障害

 私たち人間は、一生のおよそ3分の1を「睡眠」に費やす。しかしそんな睡眠については、いまだ未解明な点も多い。近年、不眠などによる労働効率の低下や、それを引き金にして起こる事故が大きな社会問題となっているが、そのような睡眠障害を専門に扱う医療施設は、極めて少ないというのが現状だ。
 この状況の中にあって、杏林大学医学部・精神神経科では、今年11月から新たに「睡眠障害治療センター」を開設。睡眠障害の診断・治療のほか、より本格的な睡眠研究に取 り組んでいる。

“理想の睡眠”は、人によって千差万別

 「睡眠」とひと口にいっても、人によってそのとり方はさまざまである。文化によっても違えば、個人でも異なる。たとえば日本や欧米では、夜にまとめて眠り、昼間はずっと起きているのがふつうだが、日中に昼寝(シエスタ)をする国や地域も多い。また一般に、睡眠時間は平均7~8時間といわれるが、実際には3時間程度で平気な人もいれば、10時間くらい必要な人もいる。
 こう考えれば、眠くなったときに必要な時間だけぐっすり眠る、というのが理想の睡眠ということになる。しかし現代では労働環境などにより、自分の体質に合った睡眠をとることができずに、睡眠障害を引き起こすケースが増えている。不眠などの睡眠障害は、単に日中に眠気を感じるだけでなく、血糖値や血圧の上昇、心臓機能の低下、抑うつなど、心身の健康に悪影響を及ぼす。また判断能力の低下により、些細なミスで大事故を引き起こす可能性も高いことから、最近では社会問題のひとつとして取り沙汰されている。

「睡眠時無呼吸症候群」と「睡眠不足症候群」

 睡眠障害の中でも、最近特に問題となっているのが、「睡眠時無呼吸症候群」である。睡眠中に断続的に呼吸が止まり、深い眠りに入ることができないため、「よく眠った気がしない」「日中、眠くて仕方がない」といった症状が現れる。日本人の3~5%、とくに中年以降の男性で肥満している人に有病率が高い。また一時的に息が止まることで心臓に負担がかかるため、高血圧を招きやすく、糖尿病との関連も指摘されている。
 このほかに昨今、増加しているのが「睡眠不足症候群」だ。これは文字通り“睡眠時間が足りていない”ために、日中に強い眠気が起こるというもの。システムエンジニアなど、終日オフィス内で長時間労働する人に目立っている。この病態は、とかく自己管理の問題として片づけられがちだが、実際にはその人の睡眠リズムや、必要な睡眠時間の確保がままならない労働環境が原因している場合が多い。

睡眠とメラトニン(高齢者と若年者の比較)

睡眠と覚醒があいまいに~高齢者の睡眠障害

 また高齢者の睡眠障害も大きな課題となっている。人間の睡眠は、脳の松果体から出る「メラトニン」というホルモンで調整され、図1のように分泌開始とともに入眠し、分泌が止まるころに目を覚ます。
 しかし高齢になるにつれ、メラトニンの分泌量は次第に減少し、分泌のリズムも前倒しに早くなる。その結果、眠りが浅く早起きになり、さらにそれが進むと、睡眠と覚醒があいまいになって、ぼんやりとした状態が延々と続くようになるのである。
 現在、高齢者の睡眠障害に対しては、「日中は明るい場所で過ごす」「規則正しい生活を心がける」など、メラトニンの量や分泌リズムを強化させるような生活指導が行われる。加えて睡眠薬を用いて、睡眠そのものを深くする処置がとられる場合もある。

高齢者の覚醒の質を高めるアラキドン酸

 このような高齢者の睡眠障害に対して、食品成分であるアラキドン酸に関する興味深い研究が、前出の杏林大学医学部・精神神経科講師の中島亨氏から報告されている(日本睡眠学会・第30回定期学術集会/2005年6月30日~7月1日)。
 アラキドン酸(ARA)は、肉や卵、魚などに多く含まれる不飽和脂肪酸である。細胞膜をつくる主要な脂肪酸で、身体の組織のいたるところに含まれるが、特に記憶に深く関与するとされる脳の中の海馬にも含まれ、それゆえ脳の働きそのものにも深く関わっているといわれている。アラキドン酸を一定期間摂取することにより、脳の若返りが確認されたのは第1回のブレインヘルス・ニュース「認知症(ぼけ)を食によって改善する」で紹介したとおりだが、アラキドン酸は睡眠と覚醒のリズム維持に対してもよい効果を与えることが、既に老齢動物を用いた試験で確認されている。そのような背景で、中島氏らが行った実験は、60歳以上の男女6名に、「アクチグラフ」という身体の動きから睡眠覚醒状態を測定する腕時計型の測定器を装着してもらい、一日の活動量を記録するというもの。アラキドン酸を摂取した場合と摂取しない場合で比較したところ、アラキドン酸を摂取することによって、全体として覚醒時の活動量が増えていることが確認された。(図2)覚醒と睡眠はコインの表と裏のような関係である。アラキドン酸が高齢者の睡眠にもたらす直接的な効果はまだ確認されていないが、日中の活動量を増やし、覚醒の質をよくすることで、夜間の睡眠が改善されることは十分に期待できる。加齢とともに脳に含まれるアラキドン酸の量は減少することが確認されていることからも、日常の食生活によってアラキドン酸を積極的に補うことによって、脳の健康、そして睡眠と覚醒のリズムを維持できる可能性を、本研究は示唆しているといえるだろう。

ヒト高齢者活動期のアラキドン酸の行動量への影響

睡眠衛生管理が必要な時代

 睡眠障害の診断や治療、またその研究においては、睡眠や覚醒の状態を客観的に測定することが出発点となる。睡眠トラブルを抱える人が急増する昨今、その設備を整えた専門の医療施設が不可欠である。冒頭で紹介した杏林大学医学部・精神神経科の「睡眠障害治療センター」では、主に一泊入院によって睡眠中の状態を調べる「終夜睡眠ポリソムノグラフィー検査(睡眠検査)」を行い、睡眠時無呼吸症候群の診断と治療を行っている。また入眠時に足にしびれのような不快感を感じる「むずむず足症候群」の診断や、過眠症の一種である「ナルコレプシー」の補助診断も可能だ。また当センターでは、既述のアラキドン酸の効果検証をはじめ、睡眠と関係の深いうつ病患者の日内変動など、アクチグラフを用いたより広範な睡眠研究も推し進めている。
 よい眠りは、よりよく生きるための基本。睡眠を科学的に捉え、一人ひとりが積極的に睡眠衛生管理を行う時代が、来ているのかもしれない。